「映画は初週がすべて」──そんな常識が、2025年秋に覆されました。

劇場版『チェンソーマン レゼ篇』(以下、レゼ編)は、2025年9月19日の公開から2ヶ月以上にわたり興行ランキング上位を維持し続けています。オリコンの報道によれば、公開7週目(11月3日時点)で観客動員521万人・興行収入79億円を突破し、7週連続で週末動員ランキング1位を記録しました(出典:ORICON NEWS, 2025年11月4日)。

さらに、公開67日間となる11月24日時点では観客動員595万人・興収91億円を記録。その後も勢いは衰えず、公開73日目(11月30日)時点では観客動員605万人、興行収入92.8億円に到達し、『借りぐらしのアリエッティ』を上回る水準に達しています(出典:ORICON NEWS, 2025年12月1日)。

通常、映画のWebトラフィックは公開直後にピークを迎え、その後は急速に減衰していくものです。ところがレゼ編の公式サイト(chainsawman.dog)のアクセス推移を見ると、公開週から高い水準を維持するどころか、2週目に数値を伸ばし、さらに1ヶ月後には再びピークに迫るという、きわめて異例の曲線を描いています。

この現象は偶然ではありません。分析ツール「Similarweb」の推計データを読み解くと、「初動で勝負を決める」のではなく、「中盤から後半にかけて熱量を高める」という、緻密な戦略設計が浮かび上がってきます。

本稿では、レゼ編のWebトラフィック、流入経路、検索キーワード、そして施策カレンダーを多角的に分析し、なぜこの作品が「落ちない」のかを解明していきます。

※本稿で引用している数値について
Web競合分析ツール「Similarweb」を用いて、アニメ公式サイトへのアクセス推移を分析した推計値です。劇場サイトへの直接アクセス層などを除いた、「情報の一次ソースを求めたコア層の動向」として参照しています。公式発表の実数値とは異なる可能性があります。
※ネタバレについて
本稿は物語の核心的な結末には触れていませんが、一部、本編の内容をほのめかす表現や、キャラクターの性質に関するモチーフ(特に【まとめ】の部分)を含みます。

1. トラフィック曲線の異常値──「初週超え」と「V字回復」

トラフィック推移グラフ

まず注目したいのが、レゼ編公式サイトの訪問推移です。Similarwebの推計によれば、日本国内における月次訪問数(Aug 2025 - Nov 2025)は以下のように推移しています。

公開月を含む9月から10月にかけて、約5.5倍という爆発的な増加を記録しました。そして注目すべきは、通常であれば急速に減衰するはずの11月も、前月比マイナス4.8%という極めて緩やかな減少に留まり、約141.7万訪問という高水準を維持していることです。

さらに、4ヶ月間(Aug 2025 - Nov 2025)の累計訪問数は約356.1万訪問に達しており、月平均89万訪問という驚異的な数値を記録しています。これは、単発的なバズではなく、継続的な関心の維持に成功していることを示しています。

年月 訪問数 状況・備考
2025年9月 約26.9万 公開月前半含む
2025年10月 約148.9万 公開直後・急増
2025年11月 約141.7万 前月比 -4.8%
驚異的な高水準維持

この「落ちない曲線」は、週次データで見るとさらに明確になります。

期間 訪問数 備考
公開直前週(9/12〜9/18) 約27.8万 -
公開週(9/19〜9/25) 約40.4万 -
公開2週目(9/26〜10/2) 約40.7万 初週超え(ピーク)
公開3週目(10/3〜10/9) 約24.1万 -
公開4週目(10/10〜10/16) 約38.6万 V字回復
公開5週目(10/17〜10/23) 約33.9万 -
公開6週目以降(10月下旬〜11月) - 高水準で安定推移

通常、映画公式サイトのトラフィックは公開週にピークを迎え、2週目はその8〜9割程度に落ち着くのが通例です。しかしレゼ編は、2週目に初週を上回る約40.7万訪問という異常な伸びを見せました。これは初期の口コミが爆発的に機能した証拠と言えるでしょう。

さらに驚くべきは、一度落ち着いた公開4週目に38.6万訪問と、再び公開週(40.4万)に迫る「第二のピーク」を記録している点です。そして11月に入ってもなお、月次で141.7万訪問という高水準を維持し続けています。

この「初週超え」「1ヶ月後のV字回復」「11月の驚異的持続」は、単発的なプロモーションではなく、継続的な施策によって観客の関心を何度も喚起し、新たな「行く理由」を作り出し続けた結果だと考えられます。

実興行データが裏付ける「粘り型ヒット」

このWebトラフィックの異常値は、実際の興行成績とも連動しています。

公開31日間で観客426万人・興収65億円を突破し(出典:ORICON NEWS, 2025年10月21日)、公開52日間(11月9日時点)では観客543万人・興収83.1億円に達しました(出典:シネマトゥデイ, 2025年11月10日)。特筆すべきは、公開7週目(11月3日時点)でも週末動員ランキング1位を維持し、累計観客521万人・興収79億円を記録していることです(出典:ORICON NEWS, 2025年11月4日)。

通常、4週目以降は新作に押されてランキングを落とすのが一般的ですが、レゼ編は7週連続1位という異例の粘り強さを見せています。Similarwebのデータが示す「11月の高水準維持(141.7万訪問、前月比-4.8%)」は、この実興行の持続力を裏付けるものです。

過去のヒット作が示した「4週目の壁」突破の法則

実は、この「4週目のV字回復」は、レゼ編が初めて達成したわけではありません。2022年から2024年にかけて公開されたアニメ映画の大ヒット作『ONE PIECE FILM RED』『THE FIRST SLAM DUNK』『劇場版ハイキュー!! ゴミ捨て場の決戦』は、いずれも公開4週目前後で「意図的な再加速」を仕掛け、ロングランを実現しています。

これらの作品に共通するのは、以下の3つの戦略です。

  1. 特典の段階的投入:物語を補完する内容や、コレクション性の高いアイテムを中だるみのタイミングで投下する
  2. 体験価値の時間差提供:IMAX、4DX、MX4Dなどのラージフォーマットを、あえて遅らせて解禁する
  3. 音楽コンテンツの後出し:映画公開後に主題歌・挿入歌のMVやライブ映像を公開し、感情を再燃させる

レゼ編の戦略チームは、これらの成功事例を徹底的に研究し、自作品の特性に合わせて最適化したと考えられます。その結果が、この「落ちない曲線」なのです。

2. 意思決定のプロセスを可視化する

流入経路グラフ

Similarwebのデータによれば、レゼ編公式サイトの流入チャネル構成(Aug 2025 - Nov 2025)は以下の通りです。

チャネル シェア 構成比
Search (Organic) 60.43%
Direct 23.72%
Social 11.44%
Referrals 4.24%
Display Ads 0.17%

特筆すべきは、Organic Search(自然検索)が約6割を占めるという圧倒的な存在感です。これは、観客が「自ら能動的に情報を探しに来ている」ことを意味します。広告に頼らず、検索という「能動的な関心」によって集客できている点が、レゼ編の強さの源泉です。

また、Social(ソーシャルメディア)が11.44%と比較的高い割合を占めている点も重要です。内訳を見ると、Xが73.49%、YouTubeが25.35%となっており、MVや公式PVがSNS上で大きく拡散され、「音楽」を入口として作品に関心を持つユーザーが多かったことを示しています。

エンゲージメントの質的変化──「情報収集」から「感情移入」へ

Similarwebのデータが示すエンゲージメント指標(Aug 2025 - Nov 2025)は以下の通りです。

指標 (Metric) 数値
月間訪問数 (Monthly Visits) 890,284回
重複排除オーディエンス (Deduplicated Audience) 538,450人
月間ユニークビジター数 (Monthly Unique Visitors) 595,435人
平均滞在時間 (Visit Duration) 1分38秒
ページ/訪問 (Pages per Visit) 2.01ページ
直帰率 (Bounce Rate) 57.56%

興味深いのは、重複排除オーディエンスが538,450人という数値です。月間訪問数との差(約1.65倍)は、平均的なユーザーが月に1.65回公式サイトを訪れていることを意味します。特典情報の更新、上映形式の追加、音楽コンテンツの公開など、継続的な情報発信がリピート訪問を促している証拠と言えるでしょう。

公式サイトからシネコンへの誘導──意思決定の最終地点

公式サイトのOutlink(外部リンク先)分析(Aug 2025 - Nov 2025、Desktop)によれば、上位遷移先は以下の通りです。

ドメイン / サイト名 シェア 構成比
theater.toho.co.jp
(TOHOシネマズ)
81.74%
animestore.docomo.ne.jp
(dアニメストア)
7.50%
tohoentertainmentonline.com
(東宝エンタテインメント)
2.03%
shueisha.co.jp
(集英社)
1.97%

圧倒的な割合で、TOHOシネマズへの遷移が1位となっています。これは、ユーザーが公式サイトで作品情報を確認した後、ほぼ迷いなく予約ページへ直行していることを示しています。

注目すべきは、dアニメストアへの遷移が7.50%と増加している点です。映画を観た後に「TVアニメ版を見返したい」「原作を確認したい」というニーズが高まっており、映画が「作品世界への入口」として機能している証拠です。

3. 検索キーワードの変化で見る「レゼ熱狂」の本質

観客の心理を最も如実に表すのが、検索キーワードの変化です。今回の最新データ(Aug 2025 - Nov 2025)では、11月の検索キーワード詳細が取得できており、観客の関心の変化を具体的に可視化することができます。

11月の検索キーワードTop 5が示す「3つのフェーズ」

Similarwebのデータによれば、2025年11月の非ブランド検索キーワードTop 5は以下の通りです。

検索キーワード シェア 前月比変化率
チェンソーマン 43.50% +56.08%
チェンソーマン 映画 8.30% +13.23%
チェンソーマン レゼ 5.51% +80.07%
チェーンソーマン(表記ゆれ) 3.65% +32.15%
レゼ 3.55% +66.34%

この検索キーワードの構成からは、観客の関心が3つのフェーズを経て深化していることが読み取れます。

【フェーズ1】認知・発見フェーズ
「チェンソーマン」「チェンソーマン 映画」が増加しており、11月に入っても新規層の流入が続いています。

【フェーズ2】関心・検討フェーズ
「チェンソーマン レゼ」が+80.07%と急増。初見客がレゼというキャラクターに惹かれ、詳細を知ろうとしています。

【フェーズ3】没入・リピートフェーズ
最も注目すべきは、「レゼ」という単独キーワードが+66.34%の伸びを示している点です。これは、作品タイトルではなくキャラクター名だけで検索する、すなわち「すでに作品を知っており、レゼというキャラクターに深く感情移入している層」によるものです。

併用サイト分析が示す「多層的なファン層」

Similarwebのデータによれば、レゼ編のファンが併用している主要サイトは以下の通りです。

ドメイン / サイト名 訪問数 規模感
shonenjumpplus.com
(少年ジャンプ+)
65.54M
shonenjump.com
(少年ジャンプ公式)
7.71M
vodpicks.net
(VOD情報サイト)
57,123
anime-press.net
(アニメプレス)
21,850

これらの併用サイトから分かるのは、レゼ編のファンが「原作マンガの読者」「アニメ情報を追う層」「配信サービスを活用する層」という、複数の属性を持つ多層的なファン層であることです。

4. キャンペーンカレンダー × トラフィック──意図的に作られた「三つの山」

施策カレンダー図

ここまで見てきたトラフィックの「山」は、偶然生まれたものではありません。施策カレンダーとトラフィックを重ね合わせると、その因果関係が見えてきます。

日付 施策内容 トラフィック反応・効果
9/19 公開 + ED曲PV公開 公開週 40.4万 (ピーク)
9/29 特典2弾発表 2週目 40.7万(初週超え)
10/4 MX4D・4DX・ドルビー解禁 中盤の底上げ
10/13 特典3弾 + 挿入歌PV 4週目 38.6万(再燃・V字回復)
10/24 SCREENX・ULTRA 4DX解禁 5週目の維持
11/15 特典5弾発表 11月の高水準維持(141.7万訪問)
11月下旬 動員595万人・興収91億円突破 検索キーワード全項目で前月比増加
出典:特典情報は公式サイト、報道サイト(コミックナタリーアニメイトタイムズ等)より

第3弾特典と挿入歌PVが生んだ「V字回復」

最も注目すべきは、公開4週目(10/10〜10/16)に起きた38.6万訪問への急上昇です。10月13日に「第3弾入場者特典」と「挿入歌PV」が同時発表されたことが起爆剤となりました。通常であれば中だるみするタイミングで強力な燃料を投下し、見事にV字回復を果たしました。

第5弾特典 × 興収報道が生んだ「11月の検索キーワード全項目増加」

さらに重要なのが、11月15日の「第5弾入場者特典」と11月下旬にかけての「興収91億円(動員595万人)突破」報道の相乗効果です。

検索キーワード 増加率 伸び率
「チェンソーマン」 +56.08%
「チェンソーマン 映画」 +13.23%
「チェンソーマン レゼ」 +80.07%
「レゼ」 +66.34%

「既存ファンのリピート」と「新規層の初回鑑賞」が同時に発生し、検索キーワード全項目での増加という、きわめて稀有な現象が生まれました。

ラージフォーマットの段階的解禁によるLTV最大化

通常上映は9月19日にスタートしましたが、MX4D・4DX・ドルビーシネマは10月4日、SCREENX・ULTRA 4DXは10月24日と、意図的に「出し惜しみ」しています。これは、観客のLTV(顧客生涯価値)を最大化する戦略です。

鑑賞ステップ 推奨フォーマット 体験のポイント
STEP 1
初回鑑賞
(Week 1〜2)
通常料金 物語とキャラクターに
感情移入
STEP 2
2回目鑑賞
(Week 4〜)
特殊上映
(4DX / MX4D / Dolby)
戦闘シーンの
「振動」「爆音」を体感
STEP 3
3回目鑑賞
(Week 6〜)
SCREENX / ULTRA 4DX 更なる臨場感で
「視野拡張」「没入」を味わう

音楽が作る「感情の引力」──YouTubeとSNSの相乗効果

Similarwebのデータによれば、Social流入の内訳はXが73.49%、YouTubeが25.35%となっており、音楽コンテンツを軸としたSNS拡散が大きな役割を果たしていることが分かります。

主題歌に米津玄師「IRIS OUT」、ED曲に米津玄師×宇多田ヒカル「JANE DOE」という超強力なタッグを起用し、公開直後から段階的にPVを公開。音楽は、映画館という「非日常」から出た後の観客を、再び作品の世界へと引き戻すための「引力」なのです。

Display広告の戦略的活用

主要な広告配信先(Top Publishers)を見ると、意外な組み合わせが見えてきます。

ドメイン / サイト名 シェア 構成比
youtube.com 38.86%
sponichi.co.jp
(スポーツニッポン)
27.49%
twitch.tv 12.99%

YouTubeが1位なのは想定内ですが、2位にスポーツニッポンが入っているのは意外です。スポーツ紙が持つ「幅広い年齢層へのリーチ」と、Twitchのような「若年層・サブカル層」へのリーチを組み合わせ、ターゲット層を多層的にカバーしています。

5. データが示す「必然の勝利」──なぜレゼ編は落ちなかったのか

まとめイメージ図

12月8日時点で興収94億円・観客619万人を突破し(出典:MANTANWEB, 2025年12月8日)、12月に入っても上映が継続されているレゼ編。Similarwebのデータが示す「11月の高水準維持」と「検索キーワード全項目での増加」は、この作品が「持続型ヒット」であることを明確に物語っています。

レゼ編の成功は、以下の4つの戦略的支柱によって構築されました。

  • ① タイミングの勝利:「4週目の壁」を逆手に取った特典投下による再加速。
  • ② 体験設計の勝利:ラージフォーマットの段階的解禁によるLTV最大化。
  • ③ エンゲージメントの勝利:音楽コンテンツを軸としたSNS連鎖。
  • ④ 情報設計の勝利:公式サイトをハブとした導線最適化。

まとめ:花言葉が予言した「枯れない熱狂」

花束

劇中では、心情の変化に合わせて異なる花が登場します。この色彩の変化は、奇しくも本作のヒットの軌跡そのものを物語っているようです。

デンジが冒頭で贈られた「ヒナギク」は「天真爛漫、純粋、希望」を象徴し、彼がレゼに吐き出して贈る行為は自らの真心を惜しみなく捧げることを表していました。物語の転機となる「コスモス」は「乙女の純情、真心、自由、そして強さ」を象徴し、レゼの内なる覚醒の触媒となったのです。

公開初週、「希望」を象徴する花を抱いてスタートしたプロジェクトは、通常なら数字が落ち込む中盤戦で、常識という壁に対し「真心と挑戦」を突きつけ、初週超えとV字回復という成果を残しました。

「落ちない」コンテンツは、偶然生まれるのではありません。

初週の安定した数字で満足し、リスクを取らない道を選ぶのか。それとも、4週目の壁という不確実性に挑み、ロングランという可能性に賭けるのか。レゼ編のチームが示したのは、「挑戦」という道を選んだ先に広がる景色でした。

希望を持って始め、中だるみの時期こそ挑戦し、最後まで顧客への感謝を忘れない──その一連のプロセスが設計できたとき、私たちは「枯れない花」を咲かせることができるのかもしれません。

本稿について

本稿は、Web競合分析ツール「Similarweb」の公開データを用いた独自分析に基づいています。引用している数値はあくまで推計値であり、Similarwebwebによる推計モデルの結果です。配給会社の公式発表実数値とは異なる可能性があります。本分析は公開情報から独自に考察したものであり、公式見解ではありませんことをあらかじめご了承ください。